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Net Pinus 60号

小さな挿絵の展覧会

2005/06/20


『写実的なメルヘン』
エルンスト・クライドルフ 「花のメルヘン」(1898)
クライストErnst Kreidolf “Blumen-Mrchen”
クライドルフ絵本イメージ

クライドルフ「花のメルヘン」1
「花のメルヘン」より
クライドルフ「花のメルヘン」2

クライドルフ「花のメルヘン」3
 2005年4月より「日本におけるドイツ年」が始まった。それに託けてというわけではないが、今回はドイツの絵本を紹介したい。ドイツの絵本といえばグリム童話に代表されるメルヘン(Mrchen)を連想する人が多いのではないだろうか。今回紹介する絵本はあながちその連想から離れてはいない。メルヘンとはなにかについてまとめることは容易ではないが、一つの解釈として「自然の法則に従わない空想的な物語(Kleines literarisches Lexikon 1966)」、つまり超自然的な世界の物語と言うことはできるだろう。今回紹介するクライドルフの絵本は、まさにそんなメルヘンの世界だ。

 英米の絵本作家に埋もれて、ドイツの絵本作家はあまり日本では知られていないかもしれない。しかしウィリアム・モリスによる書物芸術運動が盛んに行われた19世紀末期、時を同じくして英国から遠く離れたドイツでは、エルンスト・クライドルフ(Ernst Kreidolf 1863-1956)という絵本作家が一つの芸術性の高い絵本を出版した。

この絵本の絵を見た人の反応は様々だろう。夜のキャンプ場でランタンに寄ってくる虫が苦手な人は、おそらくこの本を読まないほうが賢明かもしれない。多くの虫たちが飛び交う中、葉を首に巻き花弁を頭に被った人々や襟や裾から花が溢れた洋服を身に纏った人々が登場する。中には首からはサヤエンドウをぶらさげている人々までいる。蝶を引っ張る御者が乗る花の車はいかにもユーモラスで彼自身の遊び心がうかがえる。植物から人間が生まれ出ているといえばいいのだろうか。これらの挿絵は様々な花を人に喩え擬人化したクライドルフの作品である。

 題名にMrchenが含まれているとおり、超自然的な絵本といえる。それでいてなんと写実的なことだろう。出てくる植物や虫たちは足の関節や体毛までがこと細かく描かれている。クライドルフは苦学生として体を壊した当時、バイエルンの山中で長い療養生活を送ったという。そのときに花や昆虫に触れた経験がこの処女作品に影響を及ぼしたことは言うまでもない。 「花のメルヘン」イメージ

 この「花のメルヘン」はクライドルフの処女作品にして、もっとも有名な絵本となった。彼は16枚の水彩画を石版に描くのに、ほぼ1年費やしたという。どの絵を描くためにも、それぞれ8枚から10枚の石版が必要となったため、制作にかけられた手間は相当なものであった。絵本制作の最終段階である印刷にまで立ち会い完成したこの本の美しさは、石版オフセット印刷のさきがけをなすものとなった。擬人化された植物たちが歩き回る大地の色を見てもらいたい。そこには石版画でしか表現できない無数の緑黄色の色彩が散りばめられ、太陽に照らされて遠くまで広がっている。
彼のこの処女作は1896年にはすでに完成していた。しかしこの絵本の出版までにはまだ数年の歳月が必要だった。クライドルフは2年間、あちらこちらの出版者へ持ち込んだが、きれいな絵だとは言われても、その画風の奇抜さのために出版しようというところは現れなかった。そのため、クライドルフから長年スケッチや絵を教わっていたシャウムブルク=リッペ公爵夫人が出版資金を援助してくれることになり、世紀末の近い1898年、ミュンヘンのピローティ・ウント・レーレ社から出版されることになる。
クライドルフ「花のメルヘン」4
「花のメルヘン」より
クライドルフ「花のメルヘン」5

クライドルフ「花のメルヘン」6

 後から考えれば、世紀末にクライドルフという挿絵画家の処女作が出されたことはとても重要なことだった。19世紀の終わり、写真複製方式の普及によって、本の文化は衰退の傾向にあった。絵本もまた、芸術と離された商品として安価な大量生産を余儀なくされた。そのような中でクライドルフは絵本にあった本来の芸術性を復帰させた。ドイツにおいても、日本の彩色木版画や英国を代表する絵本作家のケイト・グリーナウェイやウォルター・クレイン、ランドルフ・コールデコットなどが注目を集めてはいたが、転換期をもたらしたのはクライドルフだった。彼は、タイトルページだけでなく見返しページのデザインも手がけ、本の内側と外側の調和を目指し、絵本を芸術的な域にまで押し上げた。タイトルのアルファベットに巻きついた植物や絵を縁取る植物の装飾は英国ウィリアム・モリスの書物デザインに通じるものがあるだろう。ドイツと英国、この海を隔てた2つの国で起こった書物芸術における共時性を感じずにはいられない。

 この「花のメルヘン」は、子どもに芸術的に高い水準の絵本を与えようとした芸術教育運動に支援されて、1900年、シャフシュタイン出版社(Hermann Schaffstein)にひきつがれて「芸術的な絵本」という新しいタイプの本を生み出した。余談だが、森の妖精が登場する日本の創作バレエ「フェアリー・テイルズ」は、この「花のメルヘン」の世界に想を得て作られた。現代日本にも少なからずクライドルフの影響が息づいているようだ。

□クライドルフの絵本在庫(5点)
クライドルフ「花のメルヘン」
クライドルフ「花のメルヘン」
Kreidolf, Ernst
メBlumen-M較chenモ
K嗟n: Hermann & Friedrich Schaffstein, ca. 1915.
\99,000(税込)
クライドルフ「蝶々(夏の鳥)」
クライドルフ「蝶々(夏の鳥)」初版

Kreidolf, Ernst
メSommerv喩elモ
K嗟n: Hermann & Friedrich Schaffstein, 1908.
\278,000(税込)
クライドルフ「庭の夢」
クライドルフ「庭の夢」初版

Kreidolf, Ernst
メDer Gartentraum. Neue Blumenmarchenモ
K嗟n: Hermann & Friedrich Schaffstein, 1911.
\199,000(税込)
クライドルフ「昔の童歌」初版
Kreidolf, Ernst
メAlte Kinderreimeモ
K嗟n: Hermann & Friedrich Schaffstein, 1905
.
\138,000(税込)
クライドルフ挿絵、パウラ・デーメルとリヒャルト・デーメル「フィツェブツェ」
Kreidolf, Ernst(illust) Dehmel, Pula und Richard
メFitzebutzeモ
K嗟n: Hermann Schaffstein, 1921
.
\220,000(税込)
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