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アルドゥス以降のヨーロッパの代表的な小型本ということでいくつか挙げておきます。アルドゥスが亡くなった後もアルドゥスという出版社は存続し、1500年代も継続して小型本を出しています。17世紀になりますとオランダでエルゼヴィア版という小型本が出版されます。細くて小さい活字を薄い紙に印刷した小型本で、これがヨーロッパ中に広まり、好評を博しました。今日でもコレクターズ・アイテムになっていますね。
意識的にアルドゥスに倣った例としては19世紀イギリスのピッカリングが挙げられます。このピッカリングという人はイギリスのアルドゥスを名乗り、プリンターズマークもアルドゥスを踏襲しています。アルドゥスのもの(1)と並べますと、錨にイルカが絡み付いているマークの脇に「イギリスにおけるアルドゥス」(2)と書かれています。彼が創刊したアルダイン詩人叢書は50巻くらい出ていますが、厳密な校正がされており、現代でもこの版が定本となっている詩集もあるくらいです。版元装丁で売り出されたものもあり、これが非常に堅牢な製本で、今日でも新品のような姿でお目にかかることがあります。
フランスではエルゼヴィア版を模範にしたジャネの文庫が19世紀中ごろに創刊され、19世紀後半にはジュオーやルメールといった版元から、小型本の名作文庫が出ています。ルメールのものは19世紀に出ていたのと同じスタイルで1960年代くらいまで新刊本で買うことが出来ました。ドイツだとこれも19世紀にはじまったレクラム文庫があげられます。岩波はこのレクラムに範をとったといわれています。森鴎外なんかはドイツ語の小説などはすべてレクラム版で済ませていたようです。
アルドゥス文庫がパイオニアとなって、西欧諸国には小型本の伝統が脈々と受け継がれていて、それが我が国の文庫本まで続いているということになります。
ルネサンスの文化史のなかでアルドゥス文庫を位置づけるには、さきほどお話したように、まずギリシア・ラテンの文芸復興にともなう蒐書ブームを考える必要があります。1400年代に王侯貴族が、美麗な写本で古典文学の蒐書を競い、個人文庫を持つことが流行となりました。1501年から刊行が始まるアルドゥス文庫のラインナップは、そうした王侯貴族のコレクションを、手軽で安価な小型本で出版することにより、市民レベルでも可能なものにしたわけです。つまり市民レベルでの「文芸復興」を実現したわけです。
ルネサンスの書物ブームが生んだアルドゥス文庫は、その後の出版史のなかで、安価な小型本で古今の名著を継続的に出版するという典型的な出版スタイルの範となり、その血脈は我が国の文庫本にまで続いています。
最後になりましたが、有名なアルドゥスのプリンターズマーク(1)について付言しておきましょう。どっしりした錨に敏捷な海豚をからませた出版史上もっともよく知られた社標です。錨と海豚の寓意するものは「FESTINA LENTE=ゆっくり急げ」という格言です。これがアルドゥスの印刷所のモットーでした。出版というのは慎重でなければいけない、誤字脱字があってはいけない、きちっと校正しないといけない、落ち着いてやらなければいけない・・・。しかし慎重のあまり好機を逃しては台無しです。時代の風をとらえ、新鮮なうちに世に出さねばなりません。物事には締め切りがある。人生の時間は限られている。つまり「FESTINA LENTE=ゆっくり急げ」ということです。この格言は、明治時代に来日して我が国の教養文化の礎を築いたケーベル先生が、とりわけ愛した格言でもありました。
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主な参考文献
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Renouard, A. A. Annales de l'imprimerie des Alde, ou histoire des trios Manuce et de leurs ,&ecute;ditions. 2vol. Paris, Chez A. A. Renouard, 1834. |
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Lowry, M. The world of Aldus Manutius : business and scholarship in Renaissance Venice. Oxford, Basil Blackwell, 1979. |
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The Aldine press. catalogue of the Ahmanson- Murphy collection・・・. Berkeley, University of California press, 2001. |
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シャルチエ, R., カヴァッロ, G. 『読むことの歴史』 田村毅〔他〕訳(大修館書店,2000)
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気谷誠「掌のうえのルネサンス」(『芸術新潮』2001年7月号) |
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気谷誠「アルドゥスの小型本 文庫本誕生五百年」(『季刊銀花』126号、2001) |
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雪嶋宏一「学術出版の祖アルド・マヌーツィオ」(『早稲田大学図書館紀要』52号、2005) |
ジャン・グロリエ(Jean Grolier1479(1489?)-1565)は愛書家の祖と讃えられるフランスの貴顕です。アルドゥスと交流があり、出版事業の援助も行いました。彼は自らの蔵書に美麗な装丁を施し、“Io. Grolierii et amicorum”(グロリエとその友人たちの)という銘言を記し愛蔵しました。今日の愛書家たちのあいだで、金箔押しの幾何学的な文様で装飾された彼の旧蔵本は、生涯に一度は手にしたいコレクターズ・アイテムの頂点に立っています。現在、600点余りのグロリエ本の所在が知られ、以前ちょっと調べてみたところ、そのうちの約3割がアルドゥスの小型本なので驚きました。愛書家グロリエがいかにこのアルドゥス文庫を珍重したかが伺えましょう。グロリエは同時代の本を自分の好みによって装丁するという愛書家のスタイルを作り、その後の愛書家たちの範となりました。引用した図は、19世紀後半にアメリカでグロリエ・クラブ(今日まで続く有名な愛書家協会)が作られたときに描かれた油彩画です。本を手にして椅子に座っているのがグロリエで、脇に立つ黒いマントの人物がアルドゥスです。もっともグロリエとアルドゥスが、この絵のようにヴェニスで実際に会ったという記録は遺されていないのですが。
これも余談です。愛書家の鑑グロリエに倣って、文庫本を革装に仕立ててみたのがここに紹介する作品です。東京製本倶楽部の大家利夫さん、藤井敬子さん、山崎曜さんにお願いして作っていただきました。ここに挙げたのは全て総革装本です。製本の本体は普通の文庫本ですが、このように革装を施して愛蔵すると、なんだか自分もルネサンス以来の愛書家たちの末席に連なったような気がしますね。詳細は「季刊銀花」(2003年冬・136号)に掲載してありますのでご覧ください。
(3)齋藤磯雄『フランス詩話』(新潮文庫)モロッコ革総革装・金箔押し(製本:大家利夫)
(4)吉田健一『書架記』(中公文庫)モロッコ革総革装・モザイク(製本:大家利夫)
(5)澁澤龍彦『夢の宇宙誌』『胡桃の中の世界』(河出文庫)カーフ革ゴート革装革装・瑪瑙板嵌め込み(製本:藤井敬子)
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