私が大学図書館に入ったのは1978年ですが、その頃から現代まで、図書館の世界は大きな変貌を遂げました。電子メディアの発展にともない、情報の電子化が進み、図書館の姿が大きく変わったのです。例えば当時は、蔵書はすべて図書カードに目録を採り、利用者はカードボックスで本を探したものでした。ところが今はほとんどの図書館で蔵書目録が電子化され、利用者はネットワークを通し本の検索が可能です。すべての大学図書館の蔵書が情報学研究所(NACSIS)のサーバーで調べられますし、図書館員はそこから目録情報を引用して自館の目録を作ることも出来ます。
ちょうど私が勤めた頃は、やがてこうした新しい図書館が出来るのだという、メディアの変革期の到来がしきりに言われた時代でした。1975年にテイラーという人が書いた未来の学術図書館に関する論文のなかで<壁のない図書館>という言葉が使われ、その後、ランカスターの有名な著作(Toward paperless information systems)にも引用され、この言葉が日本でも知られるようになりました。どういう意味かと言いますと、電子社会の到来とともに、ネットワークを通し他の図書館の蔵書目録が自由に検索でき、本が借りられるようになる。そういう状況を、図書館という建物の壁が無くなると言ったわけです。つまり、現代の大きなメディアの変革期を象徴する言葉として、この<壁のない図書館>という言葉が使われたのです。ところがこの言葉、英語では "library without walls" と言いますが、この言葉の元になっているのは、実はルネサンス時代にエラスムスが最初に使った表現なのです。ギリシア・ ローマの名言、金言、格言を集め、エラスムスが解説を付けた『Adagia』(アダジア)というルネッサンスを代表するような本があります。この格言集の中の "Festina Lente" という格言の解説で、エラスムスはアルドゥスという出版社について次のように述べているのです。
「彼(プトレマイオス2世)の図書館は自家の狭い壁を以って囲まれていたが、アルドゥスは世界の果て以外には壁のない図書館を建てる」

Desiderius Erasmus
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プトレマイオスの図書館というのは有名なアレクサンドリアの図書館のことです。プトレマイオス朝は紀元前4世紀から紀元後1世紀くらいまで続いたエジプト最後の王朝で、そこに当時世界最大といわれる図書館がありました。そのような巨大な図書館でも建物の壁に囲まれている。ところが「アルドゥスは世界の果て以外には壁のない図書館を建てる」。つまり、アルドゥスは多くの人に読まれる古典を比較的安い価格で販売して普及させた・・・そのアルドゥスの偉業を讃えてエラスムスはこのような言葉を格言集の中に書いているのです。この "library without walls" 〈壁のない図書館〉という言葉は、もともとは活版印刷が発明されて書物が多くの人の間に広まってゆく時代を象徴する言葉、ルネサンスという大きなメディアの変革期を象徴する言葉であったわけです。その言葉がそのまま現代にも当てはまる。ここ500年間の間、出版に関し部分的な改良は色々ありましたが、電子情報が飛び交う現代は、活版印刷が発明されたルネサンス以来の大きなメディアの変革期にあたるわけです。その意味でこの言葉は、現代とルネサンスを結びつけるキーワードと言うことが出来るでしょう。
エラスムスはこうしたメディアの変革期の代表的な人物としてアルドゥスを挙げているわけです。エラスムスの『格言集』は1500年にパリで出版されてベストセラーになるのですが、その第3版が1508年にアルドゥスの印刷所から出ています。初版では818の格言しか収められなかったのですが、アルドゥスから出た時は3,260に増えています。当時ヴェネツィアにあったアルドゥスの印刷所は、ギリシアから亡命した学者などがたくさん出入りしており、そういう人達からの情報を得てエラスムスは格言を増やし、バージョンアップしたものを出版したのです。その第3版の『格言集』の中で、エラスムスはアルドゥスについて触れたのです。グーテンベルクは確かに活版印刷を発明しましたが、それを新しい時代にふさわしい形で世界に広めたのはやはりアルドゥスだということで、ここに名前を挙げているわけです。
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◆アルドゥス・マヌティウス
羅:Aldus Manutius(伊:Aldo Manuzio)1452?~1515年
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(1)Aldus Manutius
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そこでアルドゥスと言う人物ですが、彼は1452年頃、ちょうど活版印刷が発明された頃に生まれています。銅版画でも油絵でもそうですが、新しいことが発明されるとだいたい一世代かニ世代のうちにあらゆる可能性が試されるものです。活版印刷の場合も1450年代に発明されて以来、この15世紀から16世紀にかけて、いろいろな可能性が試され基本的な形が作られました。その過渡期に活躍したのがアルドゥス・マヌティウスです。この横顔を描いた銅版画(1)がアルドゥスの肖像としてしばしば引用されますが、これは没後に描かれたものです。ここに引用したのは19世紀の初めに出たアルドゥス版のカタログ・レゾネから採ったものです。なお、本講演で私はアルドゥス・マヌティウスと言っていますが、イタリア語だとAldo・Manuzio(アルド・マヌーツィオ)といいます。英語だとAldine(アルダイン)、フランス語だとAldes(アルドゥ)になります。アルドゥス・マヌティウスというのはラテン語の名前で、自分でもそう名乗っており、日本でいえば雅号といったところでしょうか。
アルドゥスはローマの近郊で生まれてローマ、フェラーラ等でラテン語、ギリシア語を習得し、最初は学者としてスタートしました。やがて、正確で美しいギリシア語の本を作ろうという志を立て、1494年頃にヴェネツィアに自分の印刷所を開設します。当時ヴェネツィアというのはイタリアの本の過半を印刷していた出版の中心地でした。彼はニコラ・ジャンソンという当時ヴェニスの一番大きな出版を継いだアンドレア・トッレザーニの娘と結婚し、おそらくトッレザーニの工房から資金援助を仰ぎ、印刷所を開設したのです。1495年にギリシアから亡命してきた学者ラスカリフの文法書を出したのが最初の出版といわれています。(もっと先に出したという説もあります)。そして、1515年に亡くなるまでの間に改訂版も含めて131点の本を出版しました。
アルドゥスの業績を簡単にいいますと、まずアリストテレスやプラトンなどのギリシア語の出版があります。それ以前にもギリシア語の出版物はあるのですが、正確で美しいのがアルドゥス版の特徴です。それと今日お話する小型本の出版を手がけました。これについては後でお話します。また、それらと関係して新しい書体の発明があります。例えばイタリック体という書体を最初に使ったのがアルドゥスです。アルダイン・イタリックという言葉がありますが、これはアルドゥスが小型本に使った活字が普及したものです。ほかにも大変読みやすいローマン体の活字など、新しい活字を作りました。更にもうひとつ特徴を挙げるなら、全体的にみて学術的な出版であることが言えるでしょう。印刷所に学者を集めて学問的に正確なテキストを作ったからです。今日の学術出版の始祖といっても過言ではありません。
アルドゥスの小型本、これは1501年から出版されます。判型は八折版です。紙を八つに畳んで一つの折帖にしたのでこう呼ばれます。アルドゥスが使っていた紙はちょっと小ぶりの紙で、八つに畳んで製本をするとほぼA6判のだいたい文庫本くらいの大きさになります。ここに一冊持ってきました。ご覧のような大きさで、持ち運びに便利ですし、このようにポケットにも入ります。本日の演題が《懐中のルネッサンス》と題されている所以です。
小型本に使われている活字はイタリック体、これはさきほどお話ししたように世界で初めてのイタリック体です。 中世の書体というのはゴシック体の読みにくい字でした。権威を保つためでしょうか、過剰なまでに装飾された、読みにくい書体でした。それがルネサンスになってイタリアの人文学者を中心に、古代ローマの書体に倣い、もっと合理的で分かりやすい書体を作る動きがでてきました。そういうなかからローマン体やまたアルドゥスが作ったイタリック体が出てくるのです。このイタリック体はヴェネツィアの書記官が使っていた書体から作られました。議会の記録や公的な文書のなかで使われた、わかりやすく正確に書くための書体で、速く書け、しかも紙の面積をあまりとらない。この書体を元にイタリック体というのを作ったのです。版組にも特徴があります。アルドゥス版の『神曲』を見ますと、原詩の一行はそのまま一行にきちっと収まるようになっています。中世の写本ですと、行変えをしないでずらずらと詩が書いてあったり、しかもところどころに注釈が入ったりして、どこが本文でどこが注釈かわからないような本がありますが、アルドゥスでは詩の一行一行が、わかりやすい形で版組みがされています。どの小型本もフォーマットがほぼ同じで、1ページに30行くらいが収まっています。
アルドゥスの小型本の内容はおもに古今の名著です。ローマ時代のものが中心です。ラテン語のローマ時代のもの、ギリシア語からラテン語に翻訳したもの、さらにイタリア語のもの、そういった古今の名著を揃えました。価格は比較的安い均一の価格でした。
こうした体裁、内容、価格の設定は、今日の文庫本と言われるものに非常に良く似ています。さらにアルドゥスはこれらの小型本を、はっきりした意図を持ち継続的に出版しているわけで、そうした出版スタイルも今日の文庫本に類似しています。このアルドゥスの小型本がスタートを切ったのが1501年で、去る2001年がちょうど500年目にあたりました。そこで友人達と一緒に文庫本誕生500年を祝おうということになり、町田市立国際版画美術館の一室を借りてアルドゥス版の『神曲』から今日の文庫本までを陳列し、《文庫本誕生500年展》というささやかな展示会を企画したことがあります。そのときに雑誌に寄せた文章(参考文献参照)が、今回の私の講演のもとになっています。以下、アルドゥスが出版した一連の小型本を、アルドゥス文庫と呼び、お話を続けたいと思います。