◆フォーシェとロジャンコフスキー
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1. ロジャンコフスキー画
リダ「茶色のくまブウル」
Rojankovsky, F. / Lida Faucher
Bourru l'ours brun
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2. ロジャンコフスキー画
リダ「はりねずみのキビック」英訳版
Rojankovsky, F. / Lida Faucher /
Fyleman, R. (trans.)
Quipic. The Hedgehog. |
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ロジャンコフスキー (Feodor Rojankovsky)の絵本を語るとき彼の才能を見いだした、編集者であり教育者であったペール・カストール(ペンネーム:ビーバーおじさんの意味)ことポール・フォーシェ(以下フォーシェ)を抜きにしては語れない。
「・・・自然の不思議と美を感じさせ、それを創造に生かす」
高名なチェコの教育者フランツィセク・バクレのこの言葉に感銘を受けたフォーシェはそれを絵本の世界で実現したいと考えた。
1932年にフォーシェが出版したカストール画帳の最初の2冊の児童書、「お面をつくろう」「切紙細工」はこうしたフォーシェの夢が形になったものであった。
「ごく薄い何の気取りもない絵本が、フランスの出版界に深い衝撃をあたえた」(マルク・ソリアーノ「児童文学案内」)のことばにもあるように、絵本の世界は新しい時代に一歩を踏み出したのである。
「テーマがおもしろいこと、文章の質が高いこと、絵や言葉が単純なこと、本を初めて手にする子供や、字がまだよく読めない子供を気後れさせるような要素を取り除くこと・・・」フォーシェのこうした信条から作られた絵本は子供達に素直に受け入れられた。子供のためのものを作ることに、あくまでも子供の目線を忘れなかったフォーシェの勝利であった。
そしてフォーシェはさらに理想的な絵本を求め、ロジャンコフスキーという芸術家を発見する。ロジャンコフスキーの正確なデッサンや、子供を魅了する色彩感覚や、質感の表現力はフォーシェの求める才能そのものであった。また、フォーシェの教育的示唆を含んだ絵本製作の方針は、ロジャンコフスキーも大いに賛同するところであった。
フォーシェの妻であるリダ・デュルディコヴァが文章を担当し、ロジャンコフスキーがその絵筆をふるった「茶色のくまブウル」をはじめとする「動物物語シリーズ」はまさにカストール画帳の集大成ともいえるのではないだろうか。
◆茶色のくまブウル
「茶色のくまブウル」を見てみよう。表紙はやや厚い紙を用いた針金とじのペーパーバック。コストを抑える目的もあるが、余計な装飾を省いた実質性は素朴でいやみがない。印刷もロジャンコフスキーはこだわりを持った。絵をじかに石版の上に描いたため、写真撮りや製版の中間過程が省かれる分だけ、その筆致が精細に再現され、紙にふれると顔料が手に付いてしまいそうな錯覚に陥るほどの鮮やかさである。登場する動物達は擬人化されておらず、あくまでも実際の動物に忠実に描いてある。しかしそのつやつやとした黒い動物の瞳や、湿り気をおびていることが容易に想像の付く鼻の先や、頬ずりしたくなるようなふさふさの毛は、写真などよりも動物達の体温を感じるとることができるような気がする。
フォーシェは1929年に出したカストール画帳の予告カタログに絵本の挿絵が果たす役割の重要性を述べている。
「・・・絵は子供の心を惹きつけ、魅了する力をもたなくてはならず、物語をはっきりと写しだし、説明し、深めなければならない。また絵は美しくなければならないし、率直でなければならないし、子供の知性や感性にまっすぐに働きかけねばならない。」
ロジャンコフスキーはフォーシェの絵本の理念をくみ取り、見事にその挿絵で完成度の高い絵本をつくりあげたのである。
ロジャンコフスキーもまた子供の目線を忘れない芸術家であった。
◆子供たちへの憧憬
最後にロジャンコフスキーの一枚の挿絵を見ていただきたい。
この子供の表情のなんと生き生きとしていることだろう。
ロジャンコフスキーは自然・動物への観察眼の鋭さに評価が高い画家であるが、あえて子供の絵をとりあげてみた。太陽の光あふれる中、あきることなく時間を忘れて飛び回る無邪気な子供達・・・子供達への愛情や憧憬をこめたロジャンコフスキーの観察が窺える。彼の絵本製作の根元には、彼自身の子供をはじめとする子供達への暖かいまなざしがあったに違いない。ロジャンコフスキーの娘のタチアナさんは「子供の頃父の絵本で一番好きだったのは動物物語のシリーズ。中でもウサギのフルーがハンターから逃れるために、畑や野原を駆けめぐる絵にはどれだけ魅了されたことか、まだ鮮明に覚えています。」とロジャンコフスキーの絵本に夢中であったことを語っている。娘が自分の描いた絵本を隣で眺めているロジャンコフスキーの姿が目にうかぶようだ。